2004年2月1日日曜日

高等教育ネットワーク・仙台(3)建学の精神 2004.2.X 初出

~大卒だ、という健全な、ホコリ、は
あってもよいと僕は思うのですが
たいていの場合、それは、~大卒だ、という
醜悪な、オゴリ、になりがちです。

筒井康隆さんの、文学部唯野教授(岩波書店)という
本を読んでみると
タコツボ化した大学内で行われている
教授達による下らない見栄の張り合い
まさに、今大学で偉い事をしている人達、の醜態が
文学論を交えながら、これでもか、これでもか、と
見事に描かれています。
やはり教授会という世間様に
長く取り込まれていると
人間は腐って行くのだな、と思ってしまいます。
一日に一度は窓を開けて空気の入れ替えを行うように
定期的に花瓶の水を入れ替えるように
大学の教授会というものも
もっと水々しく風通しのよいものに
しなくてはならないのだな、と思ってしまいます。

国立大のいくつかが、帝国大、だった頃は
きっと学生も教授も
国を背負って学んでいたので
教授は偉かった、でしょうし、学生達も
地域社会などで尊敬されていたのだと思います。
ここ、学都仙台、においても
かつて東北大が帝国大だった頃は
お国のために学ぶ学生さん達を
地元で大切にしましょう、という
美風があったようであります。

でももう帝国主義の時代は終わりました。
つまりエリートが大衆を引っ張って
国家の近代化に取り組む、という時代は
終わったわけです。
そういった事情もあってか
現在仙台の地元の人の多くは、東北大を
トンペイ、と呼んでいるようです。
トンペイ、にはどうも尊敬のニュアンスは
感じられないような気がしてしまいますがどうでしょう。
むしろ、東南西北白発中……リーチ一発、裏ドラ付き
といった、マージャン牌、を連想させます。
トンペイの学生は確かにマージャンが
強かったように思います。
こういった形で、対象を一括り、にしては
いけないのでしょうが
確かにトンペイに通っていた僕の知人は
寮内でマージャンに明け暮れて留年を繰り返し
現在大学8年目を迎えているようであります。

何だか話が逸れてしまいましたが
要は明治以来の画一的中央集権化のための
エリート養成期間としての大学は
その歴史的役割を終えたのだと思うのであります。

でも名のあるブランド大学の教授達は
エリート意識、を捨てられずに
都立大学教授、であるとか
文学部唯野教授、であるとかの
肩書き、を手放したくなくて
大学改革、に抵抗しているのだと
思ってしまいます。
道路公団ではありませんが
ここにも、抵抗勢力、がいるようです。

本当のエリート、選ばれし少数者、であるならば
どこの大学の教壇に立っても
学生を唸らせる講義ができるはずだと
僕は思うのでありますが
ホコリ、ではなく、オゴリ、ばかり育ててきたから
有名大学教授、の、肩書き、を
捨てられないのだと思ってしまいます。

ノブレス・オブリッジ
貴族には貴族の義務がある

先憂後楽
先ず世を憂い、後に世を楽しむ

といった健全な意味でのエリート意識ならば
大歓迎なのですが、どうも現在の大学教授達の
動きは単なる、抵抗勢力、のように見えてしまいます。

選ばれた人とは、他人よりも自分を優れていると
思い込んでいる、気取り屋、ではなく
たとえ、自分に課した高度の要求を果たせなくても
常に、他人よりも自分に厳しい要求を課し続ける人である。

スペインの哲学者、オルテガ、の言葉であります。
オルテガは、大衆の反逆、という本で
一躍有名になったようですが
気の弱い大衆の一人でもある僕が
名著、大衆の反逆、を畏れ多くも
ちょいと読んでみたところでは
たいして難しい事は書いてありませんでした。

でもオルテガは一応思想史に残る偉い人のようなので
オルテガによる、エリート、選ばれし少数者、の定義を
借りて言えば

学問によって、真・善・美、を明らかにするために
たとえ、自分に課した高度の要求を果たせなくても
常に、他人よりも自分に厳しい要求を
課し続ける人が、選ばれし少数者
エリート教授、なのであって
都立大学教授、などという、肩書き、ブランド、を
守るために汲々とし、他人よりも自分を優れていると
思いたがっている、気取り屋、は
選ばれし少数者、エリート教授、などでは
ないのであります。

天は人の上に人を造らず
人の下に人を造らず

慶応義塾の創始者
福沢諭吉の、学問のすすめ、の冒頭の一文です。

僕の知り合いの英語教師も

Teacher IS Student
Student IS Teacher

と述べていました。

学問によって、真・善・美、を明らかにするのが
本来の大学の目的であって、都立大学教授、などという
肩書きで世間様から尊敬されたい、などというのは
本末転倒でしょう。
大学教授は、まず学問をすればよいのであって
尊敬は学問の後についてくるもののはずです。

幕末の志士達を育てた吉田松陰は
幕府によって捕らえられた後も
刑死するまで獄中で講義を行い続けました。
そうなると吉田松陰の肩書きは
都立大学教授、ではなく
犯罪者、となってしまうわけですが
吉田松陰は、現在も多くの心ある人々に
愛されております。
それは吉田松陰が、都立大学教授、などという
肩書きなど気にせずに
学問を行い続けたからでしょう。
もっとも当時は、都立大学、などはなかったと
思いますが、吉田松陰のその魂・ソウル・スピリッツを
学ぶのは悪くないと思うのです。
維新の成功を見ることなく
種だけ撒いて短い生涯を終えた吉田松陰は
まさに、ノブレス・オブリッジ
高貴なる者の義務、を全うしたのだと思います。

80年代に一世を風靡した
ブルーハーツというパンクバンドも

学校もジュクもいらない
真実を握りしめたい

と歌っていました。

人が学問をするために大学ができたのであって
大学のために学問ができたわけではないのです。

現在あらゆる学校の現場で失われているのは
建学の精神、なのではないかと思ってしまいます。

東大卒の朝日の記者には気をつけろ、という格言が
業界にあるそうです。
受験頭、と、エリート意識、だけを持った
ヤバい奴、という意味だそうです。

永田町は、議員先生方の、学歴詐称疑惑、で
大変賑わっているようであります。
いったん疑い出したら切りがないもので
あいつもでは、こいつもでは
と大変な事になっているようであります。

公立学校の先生達が、大手予備校に
生徒達の合否情報を提供し
金品を受け取っていた、というニュースも
先日ありました。

学歴社会の弊害、ここに極めり、であります。

誰かのルールはいらない
誰かのモラルはいらない
学校もジュクもいらない
真実を握りしめたい

こうして書いてきてみると
僕の建学の精神は
ブルーハーツにあるのかもしれません。
いつか卵大学ができたら
きっと校歌はブルーハーツの曲に
なるでしょう。



-高等教育ネットワーク・仙台(4)偏差値3万光年説、へ続く-
http://digifactory-neo.blogspot.jp/2012/09/420042_8.html
文学部唯野教授 (岩波現代文庫―文芸)

大衆の反逆 (中公クラシックス)


講孟余話 ほか (中公クラシックス)

学問のすすめほか (中公クラシックス)