2003年8月1日金曜日

阿吽の呼吸 2003.8.X 初出

お寺さんの山門の両脇に、凄い形相で並んでいる
おっかない筋骨隆々の仁王様。
その仁王様の口元を注意深く観察してみると
たいてい、阿(あ)と吽(うん)の形をしています。
神社さんの入口に鎮座されている狛犬さんの
口元を注意深く観察してみても
たいてい、阿(あ)と吽(うん)の形をしています。
沖縄のシーサーさんの口元を注意深く観察してみても
たいてい、阿(あ)と吽(うん)の形をしています。
いったいこれはどうした事だろう。
どうして、仁王様も、狛犬さんも、シーサーさんも
みんな口元が、阿吽(あうん)の形になっているのだろう。
宗教的造形物と阿吽の呼吸。

というわけで、少年のように好奇心旺盛な僕は
早速三省堂大辞林で、阿吽、を調べてみたのでした。
それによると、悉雲(しつたん)字母という
日本語の五十音記のきっかけをなした言語の最初の音が、阿(あ)で、
最後の音が、吽(うん)なのだそうです。
確かに日本語の五十音記は
あ、いうえお、に始まり
わを、ん、で終わります。
それで僕はガッテンしたのであります。
日本人がよく言う、あうんの呼吸、というのは
この辺から来ているのだな、と。
きっとそうだ。
たぶんそうだ。
絶対にそうだ。
悉雲(しつたん)字母の最初と最後の音であり
日本語五十音記の最初と最後の音であり
仁王様や、狛犬さんや、シーサーさんの叫び声でもある阿吽(あうん)
凄い言葉だ、あうんの呼吸。

やはり日本語というのは奥が深い。
日本人というのは素晴らしい民族なのだな、と
ナショナリズムを満足させられて燃え上がって
しまいそうな事例ですが、実はこれは日本語、日本人に限られたものでは
ないようです。

僕が調べたところでは
ギリシャ語アルファベットは
Α(アルファ)に始まり
Ω(オメガ)に終わるようです。
あ、いうえお、に始まり
わを、ん、で終わる日本語五十音記に似ています。
もっと言えば日本語の基礎をなした、阿(あ)に始まり
吽(うん)で終わる悉雲(しつたん)字母によく似ている。
そして聖書によれば、神とは
Α(アルファ)であり、Ω(オメガ)であり
最初にして、最後の者
初めであり、終わりである、との事です。
これも仁王様や、狛犬さんや、シーサーさんなどの
宗教的造形物の口元が、阿吽、という日本語の最初と
最後の音を繋げた形をしている、というケースと
よく似ています。
イエスは、アーメン、と言ってからよく
話を始めたそうです。新約聖書でイエスの
発言として、はっきり言っておく、などと
意訳されている部分は、すべて、アーメン、なのだ
そうです。
キリスト教信者の方には怒られるかもしれませんが
僕は、アーメン、とは、Α(アルファ)とΩ(オメガ)を
繋げたものなのではないか、と今思いました。
日本語のケースで言えば即ち
阿(あ)と吽(うん)を繋げた、阿吽、です。
人類と阿吽。
宗教と阿吽。
言語の発生と阿吽。
あうんの呼吸。
何かありそうです。

突然インドに飛びますが
クンダリーニヨーガでは、宇宙の原始音を、ONG、であるとして、
ヨガのポーズを決めながら、ONG、と発音するのだそうです。
その際G音は発音せずに、脳内の松果体に響かせるようにすると大変よいのだとの事。
何によいのだろう……。
松果体というのは、菩提樹の実に含まれるというメラトニンという物質が
よく効くところです。
そしてお釈迦様は菩提樹の下で悟りを開かれた。
悟りによいのだろうか……。
さあみなさん! ご一緒に! ONG!

と、ズラズラと書いてきてみて僕が思ったのは
宇宙の原始音、というものがあるとしたら
それは即ち、ONG、アーメン、阿吽なの
ではないかという事です。
僕が仁王様や、狛犬さんや、シーサーさんの口元を
観察した限りでは、阿吽、にも見えましたし
アーメン、にも見えましたし、ONG、にも見えました。
人類と阿吽。
宗教と阿吽。
言語の発生と阿吽。
宇宙の原始音、阿吽。
あうんの呼吸。
何かありそうです。

♂♀生・性・聖のエッセイにも書きましたが
人間の造り、自然と人間の関係から必然的に
宗教が生まれてくるのだ、ということを考えると
世界宗教たりえて長く続いてきた宗教には
ある種の共通性があっても不思議ではないはずです。
だって、卵から産まれる人類はいないのだから。
卵から産まれる人類はいない。
では人類はどこから産まれるのか、と言ったら
これは母親の胎内から産道を潜り抜けて産まれて
くるわけです。
南方熊楠という作家が、産まれてきた赤ん坊を
しばらく観察し続けてみたところ
赤ん坊が、片言ながも最初に覚えた言葉は
オクン、だったそうです。
オクン、即ち、あ、いうえお、わを、ん、の、
阿吽、であり
オクン、即ち、Α(アルファ)Ω(オメガ)の、
アーメン、であり
オクン、即ち、ONG、なのではないか、
と僕は考えます。
卵から産まれる人類はいないので
みんな母親の胎内から産道を潜ってこの世界に
デビューし、最初に、宇宙の原始音、オクン、と
いう言葉を覚えた。
その後の育ち、教育などで
言語や習慣が違ってしまっても
基本的にその点では、人類はみんな兄弟のような
ものです。

どうして人を殺してはいけないの?
最近ずっと気になっていたこの質問に
答えが出せそうです。
どうして人を殺してはいけないのか。
それは警察に捕まるから、でも
法律で決まっているから、でもなく
人類はみな、母親の胎内から産道を潜って
この世界にデビューし、最初に、オクン、という
言葉を覚えた兄弟のような存在だから、では
ないでしょうか。
そしてそれは本来、阿吽の呼吸、で分かる事であり
法学者はそれを、自然法、と呼んでいるのではないでしょうか。
どうして人を殺してはいけないの?
大江健三郎さんは、そういった問いが出る事自体が
間違いだ、と発言されていたように思いますが、
全くその通りのような気がします。
人を殺してはならない。
それは本来、人間であるなら誰もが、阿吽の呼吸、で
分かるはずの事なのではないでしょうか。
人類と阿吽。
宗教と阿吽。
言語の発生と阿吽。
宇宙の原始音、阿吽。
赤ん坊が最初に覚える言葉、阿吽。
あうんの呼吸。


お盆の季節となりました。
自分の子供が、どうして人を殺してはいけないの?
などという質問を発する、阿吽の呼吸、が
分からない人間に育ってしまうのではないか、と
不安を持たれている親御さん方は
この機会にぜひ、ご子息を強制的に実家の墓参りに
連れていってみてはいかがでしょうか。
そしてお寺さんの山門の前にいる
おっかない仁王様の前に
しばらくバカ息子を置いておく。
凄い形相をした、おっかない筋骨隆々の仁王様。
その口元から、ご子息は、阿吽の呼吸、を
学ぶかもしれません。



-阿吽の呼吸-