2003年5月1日木曜日

吐き出された煙は溜め息と同じ長さ 2003.5.X 初出

ショックだった。
フセイン政権崩壊の様子は本当にショック
だった。
僕はフセインを支持していたというわけではないが
フセイン政権崩壊の様子は本当にショックだった。

当たり前の事ですが、近代国家というのは
自明に存在するものではなくて
人間がある土地に集まり、代表が現れ、組織ができ
ルールができ、暴力装置を一元的に管理することで
成立し、そしてそれは永続するものではなく
外部から侵略があれば、或いは状況が変われば
簡単に壊れてしまうものなのだ、という当たり前の
姿を見せられた気がして僕はショックだったのです。
博物館の展示物が盗まれたり、官舎から
物資を略奪したり、それまで支配層だった人間を
殴りつけたり……僕は哀しくなりました。

北山に住む小説家の卵が何故イラクのフセイン政権
崩壊を見て哀しんでいるのだ、と笑われるかも
しれませんが、それはきっと人類普遍の姿であるから
哀しくなったのだと思います。

普遍的であるということは、近代国家日本も
例外ではないという事だからです。
現在日本は存亡の危機で、明治維新や戦後よりも
大きな変化の中にある、という人もいますが
その事自体については僕は明治維新や戦後の時
この世にいなかったのでどうとも言えません。
でも国、たんに現在の日本政府だけでなく
日本という国土に住む人々が危機に瀕している
のは確かです。
北山に住む小説家の卵にはそういった想像力が
あるので、遠く海の向こうの政権崩壊をみて
哀しくなったのでしょう。

僕は愛飲する煙草を一本取り出し火を点けてみた。
静かに息を吐き出してみる。

吐き出された煙は溜め息と同じ長さだった。