2003年6月1日日曜日

現代心理学考 2003.6.X 初出

本当にそれは恐怖で
僕は背筋が冷たくなる思いがしました。

人類の知はここまで来てしまったのか、と。

僕がまだウブだった頃
初めてドストエフスキーの小説を
読んだ時も同じ恐怖を感じました。

ドストエフスキーなどと言うと
偉い人が読むカタい本、を
イメージされる方が多いのですが
その通りであったらよいな、と本当に僕も思います。
ですがそうではないのです。
僕がドストエフスキーの一連の小説を読んで
最初に思ったのは
おいおい、こんなもん売っていいのかよ、です。
それはまるで犯罪の手引書です。
悪いことを企んでいる人間がドストエフスキーを
読んだら大変なことになる、と思ったものです。
それはつまり、人間というものが何か、という事を
知り尽くせば、人間というものを操作できるように
なってしまうからです
僕は現代心理学にもそれを感じて怖くなったのです。

現代の心理学は、次々と知覚の謎を解き明かし
つつあります。
人間はどうすれば喜ぶか、怒るか
哀しむか、楽しくなるか、つまり喜怒哀楽の謎。
仏教の唯識論で言う六識=眼・耳・鼻・舌・身・意
のどこをどう刺激すれば人間はどうなるか、の謎。
それらをどんどん明らかにしています。
その事の何が怖いか、と言えば
僕がドストエフスキーの小説を読んだ時
感じたものと一緒で、それらの知識を
駆使すれば、人間を操作できるからです。

すでにそれは行われ始めていて
少し前までは市民レベルでも、SF商法や霊感商法
新興宗教や自己啓発セミナーの
マインドコントロールなどがありました。
また最近では軍隊においても
捕虜から情報を得たい時に
かつてのように無闇に責め立てるのではなく
現代心理学のテクニックを使って効果的に
拷問を加えていくのだそうです。恐ろしい。

僕は、母親がパチンコで1000万負けて
それでも止めなくて困っている、という相談を
受けた事があります。
現代のパチンコ店も
色彩や音響や椅子の間隔など、ほとんど芸術的と
言えるほどの心理学テクニックで、客の脳内に麻薬を
放出させ、パチンコ依存症患者をつくり上げています。
知り合いの母親はおそらく今もパチンコ店に
通っているはずです。そういう状態の人に
ドストエフスキーの、賭博者、を手渡しても
絶対に読みません。
でもきっとパチンコ台の開発者は読んでいるはず
なのです。あなかしこ、あなかしこ。

心理学に詳しい50代の方に話を
聞いたことがあるのですが、70年代以前は
心理学の知識自体が日本に入って来ていなくて
日本人はみんなウブだったのだ、そうです。

ですが現代は、学者先生も商売人も
宗教団体もジゴロも
仕掛ける側はみんな心理学の知識を
持っています。

騙されないためにも
愛する人を守るためにも
これからは誰もが心理学の入門くらいは
押さえておかなくてはならないのかも
しれません。

悪賢い人間は知識を軽蔑し
単純な人間は知識を賞賛し
ただ賢い人間は知識を利用する。
つまり知識そのものは
自らの利用法を教えたりはしない。
        哲学者 フランシス・ベーコン


-現代心理学考(完)-


賭博者 (新潮文庫)